「ブックマン」第12回 普通の市民が「人心の混乱」で鬼になる

『関東大震災』  吉村 昭・著  文春文庫

本書は、筆者の吉村氏があとがきの中で、「私の両親は、東京で関東大震災に遭い、幼児から両親の体験談になじんだ。殊に私は、両親の口からもれる人心の混乱に戦慄した。そうした災害時の人間に対する恐怖感が、私に筆をとらせた最大の動機である」と書いています。つまり、災害の物理的な大被害よりも、災害時の人心の混乱に戦慄し恐怖感を感じたから、本書を書いた最大の動機だとしています。
関東大震災は、1923(大正12)年9月1日、午前11時58分、東京、横浜を中心とした関東地方を襲った大地震です。今年で大震災から100年を迎え、多くの角度から論議が行われています。死者約10万5千人、全壊家屋約10万9千棟、直後に起こった火災による全焼が約21万2千棟。特に本所被服廠跡で3万8千人が焼死。甚大な犠牲者が出た。
大震災は、災害の面だけではなく、著者が述べている「人心の混乱」による、重大な社会的事件の惹起(じゃっき)の深刻さです。朝鮮人が「井戸に毒を入れた」「暴動を起こす」などの流言飛語が、戒厳司令部、警察署の通達や、新聞報道、市民の口コミなどで瞬く間に広がっていった。自警団が組織され、普通の市民が数千人の朝鮮人を鳶口、日本刀、木刀などで集団殺戮を行った。朝鮮人だけではなく、社会主義者や言葉の訛りが強い地方の日本人、中国人等も殺戮されました。
何故このような恐ろしいことが起こったのか。日頃から、交際や交流があってお互いがわかりあっていれば、こんな悲劇は起こらなかったと私は思います。政府も教育機関も国民も、防災の側面だけではなく、時代や社会状況の歴史を十分に学び、国民的反省の論議を行う必要があると思います。

(文責:代表理事 五百木孝行)

9月 17, 2023